

立夏|5月5日
夏のはじまりと、48歳のひとりごと


撮影日 2026年5月初旬、立夏のころ。
5月5日、二十四節気の「立夏(りっか)」を迎えました。
今日は5月12日、ほんの少し更新が遅れてしまいました。
立夏から一週間遅れると、もう次の「小満」の足音が聞こえてくるようで、なんだか季節に追いかけられているような気分になります。
それでも、せっかくの節目なので、立夏の今の景色と、最近思っていることを少しだけ書き残しておきたいと思います。
名古屋はもう、すっかり夏のはじまりです。
何もしていないのにじんわり汗ばむような陽気で、サーキュレーター(あの空気を回すファン)を回しながら過ごしています。
日差しもだんだん強くなってきて、外に出るのが少し億劫になる季節。
カメラを持って出かけるのも、つい後回しにしてしまいがちです。
それでも夕方になって、いつもの家の近くを少しだけ歩いてきました。
田んぼに水が張られて、空の色を映している景色が、この時期はとても好きです。

■ 48歳のいま、思うこと
立夏の話から少し離れますが、今日はせっかくなので、最近考えていることを書いておこうと思います。
私は今、48歳です。50歳を目前にしたおじさんが言うことではないかもしれませんが、最近気づいたことがあります。
10代や20代のころ、私はおじさんという存在に「恋愛感情のようなもの」はないと思っていました。失礼すぎるかも知れませんが事実、そんな感情からは遠い場所にいる生き物なのだと、決めつけていたのかもしれません。
家族を愛している、奥さんや子どもを大切に思っている。
そういう深い愛はあっても、誰かに対してドキッとするとか、惹かれるとか、そういう感情はもう生まれない生き物なんだろう、と。
でも、実際に自分が50に近づいてきて、その感覚が若いころと、大して変わらず存在していることに気づきます。
もし若い方がこれを読んだら、少し意外に、あるいは戸惑いを感じさせてしまうかもしれませんが。
たとえば、仕事に真摯に向き合っている方の所作や、ふとした瞬間に見せる柔らかな表情に、「素敵だな」と心を動かされることがあります。
年上でも年下でも年齢に関わらず、ふと心を持っていかれることがあります。
恋心というほど大袈裟なものではなくても、「この人、すてきだな」「いいな」という小さな揺れみたいなものは、いまもちゃんと自分の中にあるんだなと感じます。
若い頃のように行動に出ることはなくても、こうして心が動く瞬間がまだ残っていることに、言葉にできない感情の表れを感じたりします。



■ 推しのアイドルに、熱愛宣言が出たときの気持ち
少し前のことですが、私のなかで「あ、こういう気持ちだったのか」と腑に落ちた出来事がありました。
お世話になっていた方──いわば客とスタッフのような距離感の方ですが、半年ほどの関わりのなかで、よくお話していました。
そんなある日、その方から「最近、彼氏ができたんです」と聞かされました。
「よかったね」「おめでとう」と言葉を返しながら、胸の奥にすっと小さな隙間が空いたような、静かな寂しさを感じました。
彼女は二十代。もちろんね、付き合いたいとか思ってたわけじゃないですよ。
ただ自分の中に喪失感が確実にあるのがわかりました。
その時に思い出したのが、推しのアイドルに熱愛が報じられたとき、SNSで気持ちを吐き出している方々のことでした。
正直にいうと、私はそれまで「自分の恋人になるわけでもないのに、どうしてそこまで」と、少し冷めた目で見ていたところがあります。
あの時の寂しさは、きっと彼らが感じていたものと同じだったのでしょう。彼女との何気ない会話が、私の日常にさりげない彩りを与えてくれていたのだと、その時初めて気づいたのです。
誰かを応援する気持ち、近い人を大切に思う気持ち、その人の幸せを願う気持ち。
そのどれもが本物で、だからこそ、ほんの少しの寂しさも本物なのだなと、48歳になって、気がつくことができました。
■ 名前のないこの気持ち
48歳という年齢は、世間的に見れば、もう「誰かの恋愛対象」という土俵からは静かに退いている年代なのかもしれません。
20代の方からすれば、48歳は親世代。
私自身、20代の頃に48歳の人を恋愛の対象として考えたことは、一度もありませんでした。
自分をその土俵に置くことはもうありませんが、それでも、心の中に「素敵だな」「いいな」という、恋や愛情とは少し違う名前のない揺らぎが残っていることは、人生を豊かにするうえで決して悪いことではないのかも、と最近は思えるようになってきました。(相手に伝えたり求めることがなければですが。)
無理に何かを求めるのではなく、目の前にある幸せを、ひとつずつ拾って歩いていく。
失われた若さを追いかけるのではなく、ある日ふと出会えるかもしれない新しい縁を、心にゆとりを持って待つ。
そんな日々の積み重ねの先に、もしかしたらまた、新しい良い出会いがあるかもしれない。
そんな風に感じた初夏の出来事です。
季節は、ただ静かに巡っていく。
その流れの中で、また少し、わたしも動いていけたらと思います。
それでは、また次の季節でお会いしましょう。
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