立秋|8月7日

朝マックと次の季節の気配


撮影日 2026年7月23日


8月7日、二十四節気の「立秋(りっしゅう)」を迎えました。暦の上では秋のはじまりですね。
ただ日中は相変わらずの猛暑で、名古屋では35度を超える猛暑日が連日のように続いており、日差しの中に秋の気配は全く感じられません。

■ 眠れない朝は、早朝の公園へ

それでも、太陽が昇る前の静かな時間帯に近所を歩いていると、
昼間の酷暑とは違う、澄んだ涼しさに包まれます。

真っ暗な時間に目が覚めてしまい、
しばらく寝れなさそうなので、
太陽が昇る前に最寄り駅まで歩いて、
電車に乗りました。

一駅だけ進んで降りました。
駅近くのマックに寄って、
そこからは家まで歩いて帰ってきました。












朝日が昇る前の静けさの中に身を置くと、
立秋への確かな季節の移ろいを感じることができます。
これは去年発見しました。

それまで立秋が二十四節気で一番季節とあっていないなと感じていましたから
私の中では結構大きな発見でした。

日中の暑さに挫けそうになる季節だからこそ、
少し早起きをして日の出前の静寂を散歩してみる。
ほんのわずかでも風の中に秋の気配を探してみる。
そんな朝の時間の過ごし方を、ぜひみなさんにもおすすめしたくなります。

■ 怪我から学んだ「当たり前」という幸せ

私自身の近況としては、
肩の怪我の治療を続けながらの日々を過ごしています。
回復のスピードはゆっくりですが、着実に順調に向かっているのを感じています。

体を痛めてリハビリを経験したことで、
日常のあちこちに「できないこと」が増えました。
けれど、その不自由さを身をもって経験したからこそ、
今まで当たり前にできていたことの中に、
どれほど大きな幸せが詰まっていたのかに気づかされる毎日です。

たとえば、ファインダーを覗いて写真を撮ること。
カメラは基本的に右手でシャッターを押す構造になっているので、
右肩が上がらない状態では構えるだけでも一苦労で、
腕を持ち上げるたびに痛みが走ります。

以前なら「もっと自分らしい、思うような写真が撮れない」と思い悩むこともありました。
でも今は、ただカメラを持ち上げてシャッターを切ることができる、
そのこと自体がどれほど愛おしくて幸せなことだったのか、という原点に気づかされました。

パソコンのキーボードで文字を打つこと。
マウスをカチッとクリックすること。
そのひとつひとつの動作すら不便だった時期を経て、
日常の些細な営みすべてに感謝の気持ちが湧いてきます。

これから歳を重ねるにつれて、
身体的な制約も含めて、
誰しも徐々にできないことが増えていく時期がやってきます。
そんなとき、失ったものやできなくなったことを嘆くのではなく、
「今、自分にできていること」に意識を向けて、
この瞬間を豊かに生きていきたい。
今回の怪我は、そんな生き方のスタンスを改めて教えてくれました。


■ 今を生きる、季節とともに生きる

私がこの活動を始めた根本には、
「いま、この瞬間を感じる時間を増やしていきたい」という想いがありました。

巡りゆく四季の移ろいに、そっと目を向けること。

月の満ち欠けを感じること。

新月に願いや目標を立て、満月に自分を振り返ること。

二十四節気という昔ながらの暦の巡りの中で、季節の声に耳を澄ませること。

忙しい毎日の中で、常にこうした意識を持ち続けるのは難しいかもしれません。
けれど、二十四節気のような節目の日にふと立ち止まって、
季節の便りに耳を傾ける時間をつくる。
それだけで、「自分は今、ちゃんとこの時代とこの場所を生きているんだ」という手応えを得ることができます。

決して大層ではない人生ですが、
その中で起こる変化や出来事、日々の中で感じた些細な気づきや思考を、
こうして言葉にしていく。それが巡り巡って、どこかの誰かの役に立ったり、誰かの心にそっと寄り添う「何か」になれるとしたら、嬉しいです。

■ すこやかな残暑を

まだまだ厳しい残暑が続きます。どうか無理をなさらず、
ご自身をいたわりながら、2026年の残りの夏をすこやかにお過ごしください。

季節は、ただ静かに巡っていく。
その流れの中で、また少し、わたしも動いていけたらと思います。

それでは、また次の季節でお会いしましょう。

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立秋

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