

処暑|8月23日
夏の終わりとマッチングアプリ


撮影日 2026年8月22日
8月23日、二十四節気の「処暑(しょしょ)」を迎えました。
「処暑」の「処」は、そば処・お食事処の「処」と同じ字です。ところ、という意味。
暑さがようやく落ち着くところ、という節気です。
読み方は「しょしょ」。音だけ聞くと別の言葉と間違えそうですが、
暑さがおさまる、というやわらかい意味の言葉です……まだ全然暑いですけどね。

■ 夏の雲が、夕日に
今日の写真は、昨日(8/22)、愛知県のとある街で撮ってきたものです。
空にはまだ夏の雲が残っていて、それが夕日にきれいに映えていました。これは撮っておきたいな、と思ってシャッターを切った何枚かです。
稲穂も色づきはじめていて、もう実っているところもありました。ただ、そのあたりは私のカメラでは表現しきれなかったかな、という感じです。
稲の色が変わっていく途中の、あの微妙な緑と黄の混じりぐあいは、目で見たときのほうがずっときれいでした。

今回は、肩を手術して以来はじめて、SONYのα7 IVを持って出かけました。
正直、少しズシッと重いカメラです。
手術後、重いものをもつことができず、このカメラは持てずにいました。
最近ようやくこの重さを持てるようになった、という感じです。
肩が本調子でない間は、小型で軽いZV-1 IIを使っていました。
とはいえ、まだ肩は完璧ではなく、シャッターは切れるようになりましたが、縦向きに構えるのがまだ少し難しい。
肩を上げる角度が、そこだけまだ戻っていないんだと思います。
それでも回復は順調に進んでいます。
久しぶりに、α7 IVで撮れたのは、思っていたよりうれしいです。
カメラなにで撮ってますか?のご質問があったので下記に記載しておきますね。
まだあまり詳しいわけではないので、専門的な説明はできません。
■ 誰かが「いいですよ」と言った場所へ
今回行った街は、知人に教えてもらった場所でした。
私は、そうやって誰かに「ここいいですよ」と言われた場所に行くのが、けっこう好きなんです。
そんな話ができる人って、わりと親しかったり、打ち解けている人だったりするんですが、その人がその場所で抱いた感情を、あとから少しだけ追体験できる感じ。
そういう感覚がそこにはあるような気がしていて、好きなんだと思います。
そこで少しだけ思いにふける。そういう時間が、私はとても好きです。
■ 蝉が消えて、トンボが来る
関東のほうは今年の夏は涼しいらしい、という噂をちらほら聞きます。
30度に届かない日もあるとか。
名古屋はまったくそんなことはなくて、ずっと夏です。
少し涼しいかなと思っても、普通に33度、34度はあります。
今日もまだ気温は高めです。
ただ、お盆を過ぎると、名古屋は蝉の声がぱたりと聞こえなくなります。
代わりに、田んぼの上をトンボが飛んでいる光景をよく見るようになりました。
蝉は早いですね。あんなにうるさくて、どうにかしてくれと思っていたのに、過ぎ去るとやっぱり毎年、少し寂しくなります。



■ マッチングアプリのお話
友人に勧められて、マッチングアプリをやってみました。
実は過去にも一度やったことがあります。そのときは続かなかったのですが、時代も変わったし、もう一度試してみるか、と。
結果として、すぐにやめました。
ただこれは「合わなかった」というより、順番の違いに気づいた、という感じです。
アプリは、情報を見てから会う順番でできています。
写真とプロフィールで絞って、それから実際に会う。
効率で考えれば、こちらのほうがずっと理にかなっています。
でも自分は、どうもその逆でした。
先に会って、その場の空気や、話すときの間や、なんとなくの雰囲気に惹かれて、そのあとから「そういえばこの人、どんな人なんだろう」と知りたくなる。
好きになるかどうかは、たぶん会った瞬間に決まっている。情報はあとからついてくる。
だから、文字と写真から入る入り口とは、そもそも噛み合っていなかったんだと思います。少し古い感覚なのかもしれません。
それでも、時間をかけて人を知っていくほうが、自分には合っているみたいです。
そう気づけただけでも、試してよかったなと思っています。
最近は、特定の誰かと付き合うわけではないけれど、なんとなく惹かれる感覚のある人と、同じ時間を過ごせる。
それだけで十分に幸せでいられる。
そういう感じですね。
もちろんマッチングアプリを否定するつもりもないですよ。
なんならなぜこんなにいいものをうまく使いこなせないんだ、という感じです。
■ 満たされきらない時間
たとえば、1週間に30分ほど話すだけの関係だとしても、その時間で気持ちはちゃんと満ちるんだな、と思うことがあります。
そして同時に、もっと話したいとも思う。30分では足りない、と。
不思議なもので、この「もっと話したい」が残っている状態が、いちばん豊かなのかもしれません。
もし1週間に10時間もらえたら、たぶん話すことはなくなっていく。ありがたみも薄れて、いつのまにか当たり前になる。
足りない、というのは、まだ続きがあるということでもあります。
次に会うのが楽しみだと思えるのは、そこに余白が残っているからです。
蝉の声も、うるさいと思っているうちは気づかなくて、聞こえなくなってから、ようやく惜しくなる。
それと少し似ているのかもしれません。
だから今は、満たされきらない時間を、そのまま味わっていたいなと思っています。
そういう時間を、これからも増やしていけたら。
■ 夏が終わろうとしている
そんなふうにして、今年も夏が終わろうとしています。
今年も大して夏らしいことをせずに終わりそうですが、それも自分で選んだ道です。
憧れる部分はあるんですよ。夏らしいことをしたいな、とは思う。ただ、一人で夏らしいことをするほど、したいわけでもない、というところでしょうか。
季節は、ただ静かに巡っていく。
その流れの中で、また少し、わたしも動いていけたらと思います。
それでは、また次の季節でお会いしましょう。
■ お知らせ:Akatsuki CalendarがiPadに対応しました
暦アプリ「Akatsuki Calendar」が、iPhoneとiPadで連携できるようになりました。
同じApple IDで使っている端末どうしなら、記録が同期されます。同期する・しないも選べるようにしてあります。
iPadで使いたい、という要望をいただいて対応したものです。
iPad側はまだ不具合もあるので、随時修正していきます。
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