

小雪|11月22日
冬の気配と、静かに深まる気持ち


撮影日 11月22日、小雪当日。
今日の空気には、静かに季節が深まっていく気配がありました。
“小さい雪”と書くこの節気にふさわしく、夜明け前の空気はしんと冷たくて、肌に触れるたび冬の入口を思い出させます。
新しいカメラを試したくて、日の出の6時半を目指しつつ、少し余裕をもって外へ。
結局、5時半すぎにはもう着いていました。
しっかり防寒したつもりでも、普通のパンツでは足元が冷えます。
冬の朝はいつも、思ったより一歩先にいます。
田んぼは稲刈りがすっかり終わっていて、刈り跡のあいだから新しい緑が顔を出していました。
毎年のことなのに、改めて見ると不思議です。
枯れた命が土に戻り、冬の入り口でも次の芽がしっかりと息づいている。
黄色の景色に混じる若い緑は、小さな力強さそのものですね。

小雪を過ぎると、年末の気配がふっと近づいてきます。
1年の終わりが見えてくるせいか、どこか気持ちが沈みやすくなる時期でもあります。
最近、友人から「なんか気分が落ち込んでてさ」と聞くこともあって、そういうときは「季節のせいにしとけばいいよ」と返したりしています。
自然のリズムに心が揺らぐのは、案外ふつうのことなんですよね。
会社員時代、真っ暗な夜に帰る生活が本当にしんどかったことを思い出します。
夏はまだ夕方の明るさが残るから少し救われるけれど、冬は仕事が終わって会社の外に出ると真っ暗。
これが普通なのかなって、帰ったら寝るだけみたいな毎日で、
「ん?これが一生続くの?」という感覚が僕は本当に怖かった。
でもみんな頑張っているし、自分もやるべきなんだと思いながら続けてみたものの、
どうしても心がついていかなくて、「ああ、自分はここでは無理なんだな」と諦めたところから、ようやく呼吸ができるようになりました。
だから今は、こうして明け方や夕方の黄昏時を散歩しているだけで、本当に幸せなんです。
自分が自分の時間に戻ってきた実感がある。
そして、以前とは違って、いまは季節の移ろいがそのまま心の余白になってくれるように感じます。
冷たい空気を吸い込みながら歩いていると、
「ああ、自分もちゃんと今の季節を生きているんだな」と静かに実感できる。
忙しさの中で置き去りにしてしまった感覚が、朝の光の中ではゆっくり戻ってくる。
寒さが深まるにつれて、気分まで縮こまってしまうような日もあるけれど、
それも自然の一部なんだと思えると、不思議と少し楽になります。
「今日なんとなく元気が出ないな」と感じる日があっても、
それを自分のせいにしないで、季節の大きな流れの中にいるだけだと考えると呼吸がしやすくなる。
冬は、外に向かうエネルギーがほんの少し控えめになる季節。
そのぶん内側の声がよく聞こえて、寂しさや、言葉にできない重さが顔を出すこともある。
でもそんな揺らぎも、次の季節に向かうための“余白”なんだと思います。



そして、もうすぐ冬至。
光が戻り始める節目が近づくと、
「ここからまた流れが変わっていくんだ」という小さな確信みたいなものが、心の奥でそっと灯ります。
でも、季節はちゃんと巡る。
冬至を境に、少しずつ日が伸びていく。
そこから自分の気持ちも、すこしずつ回復していく感覚が当時からありました。
冬至は、暦の上だけじゃなく、気分の区切りとしても大きなポイントなんですよね。
年末で仕事が落ち着いたり、新年に気持ちを切り替えたり。
1年のなかでも「流れが変わる」タイミング。
だからこそ、この小雪から冬至までの間にある少しの沈みやすさも、
「自分のやる気の問題」ではなく、「大きな流れのなかにいるだけ」と思っておくと、すこし気が楽になります。
自然のリズムを背中に感じながら、自分の想いや、これからやりたいことを静かに整えていく。
そんなふうに過ごせるといいなと思います。
季節は、ただ静かに巡っていく。
その流れの中で、また少し、わたしも動いていけたらと思います。




